硫黄山 へ。
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硫黄山は現在も活動している火山で、地下に浸み込んだ雨や雪融け水が10度程度の地下水となり、硫黄山の噴気孔界隈で106度まで熱せられ、つつじヶ原の地中を2.7キロ通って川湯温泉に流れて来る時には65度程度となっている。
遊歩道があるのだが、あちこちから硫黄の匂いと共に、熱い熱い蒸気が噴出している。
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約600年~100年前に、硫黄山の一部が爆発した後、植物が次第に生育するようになった。土壌が非常に強い酸性の為、他の植物が育たず、アカエゾマツの原生林となっている。

明治9年(1876年)に、硫黄山でマッチや火薬の原料とすべく硫黄の採掘が始まった。釧路の港に運搬される際、硫黄山から標茶(しべちゃ)まで一日300頭もの馬が使われ、標茶から釧路川を船で下って運ばれていた。
それまで川湯にはほとんど人が住んでいなかったが、硫黄採掘や運搬の人々により、温泉地となった。

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地元出身の大鵬関の相撲記念館まであってみたりするが、学生時代に来たことのある宿六曰く、今ではずいぶん温泉街の活気が変わってしまっているとのこと。。。大きな大鵬関の直筆の書も宿にはかかっていたが、果たしてどれぐらいの人が大鵬関のことを知っているのだろう?
屈斜路湖

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日本最大のカルデラ湖であり、全面結氷する淡水湖としても日本最大。

そして湖畔からは温泉が出ているので、砂湯もあってみたりする。九州の指宿は砂湯で有名だが、屈斜路湖にも砂湯があったとは知らなかった!
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和琴半島

屈斜路湖カルデラが出来た後の火山で、冬でも地熱が高く多くの場所が凍結しないことから、生物の生存を可能にしている。画像の奥は屈斜路湖、手前は露天風呂の温泉。
とってもオープンエアな男女混浴の露天風呂なので、さすがに外国人キャンパーが足湯をしていたぐらいだった。
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北海道の寒冷化により南下して行ったミンミンゼミが、この和琴半島でだけ幼虫のまま越冬でき、生息の北限地となり国の天然記念物に指定されている。
実際に、ミンミンと大合唱をしていたので、写真を撮ろうとしたのだが、高い木の幹にいて撮れず・・・

開陽台
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標高271メートルの丘なのだが、周囲に視界を遮るものがないので、ほぼ360度を見渡すことが出来る。晴れると、野付半島や国後島まで見えるのだそうだが、あいにくこの日はそこまでクリアではなく・・・

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北海道遺産のひとつである根釧台地(中標津、標津、別海、標茶)の緑の帯状の格子状防風林が続く。宇宙からもその様子が見えるのだそう。
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開陽台のある中標津(なかしべつ)は、何処までも続くまっすぐな道が多いことでも有名。

あちこちでジャガイモの白い花や紫がかった花が満開となっていた。
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この後、野付半島、知床五湖、ウトロへ。その様子は<16>で。