大竹伸朗氏(1955-)は、絵画、版画、素描、彫刻、映像、絵本、音、エッセイ、インスタレーション、巨大な建造物に至るまで、さまざまな作品を作り続けておられる。2006年に東京都現代美術館で開催された「全景 1955-2006」以来となる大規模な回顧展で、およそ500点もの作品が出品されていて圧巻。大竹氏曰く、会場が狭いので(?!)500点の内容は圧縮された全体像だと。
制作は、1点ずつではなく、数点を同時に制作される方式。完璧を求めたことはなく、満足がいったと思う作品はいつも too much になってしまっており、物足りなさのままにしておくと、時間が経つとちょうど良い塩梅になる、上手くいったところを残そうとすると、次に作るものは絶対に面白いものは出来ないと。
まず美術館の外から既に作品が。奥様のご実家があり現在移り住まれている宇和島で、90年代前半に、宇和島駅が全面改築になるにあたり、捨てられる運命だったブリキ剥き出しの文字型をもらって来られたもの。生まれ育った場所の地名を、いざその地を離れてから目にすると、色々な感情が生まれると。
金曜に行ったところ、20時までと長い会館時間だったこともあってか、若い層を中心に結構な来館者数だった。7つのテーマに分けてあるが、時間軸順どおりになっていない会場構成。
「EZMD I」 1984
「ミスター・ピーナッツ」 1978-81
「紅茶を運ぶ黄色い天使」 1982
「残景 14 」 2020
「サンティアーゴ」 1985
「記憶の形」 1984
「時憶 フィードバック」 2015
「網膜 太陽風 1」 1990-2020
「東京ー京都スクラップ・イメージ」 1984
「象 II」 1985
「日本景 東京II」 1997
「Explorer」 1985
「ガレージ」 1984
「網膜(左眼)」1990-91
「網膜(茶の前の落下)」1991-93
「赤い兵士」 1984
「芥子 音影 I」 2008
「Wallpaper」 1978-79
「おかま牛の憂鬱」 1987-88
「レディオ・ヘッド・サーファー」 1994-94
今まで見た大竹伸朗氏の作品は:
会場:東京国立近代美術館
会期:11月1日'22~2月5日'23

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制作は、1点ずつではなく、数点を同時に制作される方式。完璧を求めたことはなく、満足がいったと思う作品はいつも too much になってしまっており、物足りなさのままにしておくと、時間が経つとちょうど良い塩梅になる、上手くいったところを残そうとすると、次に作るものは絶対に面白いものは出来ないと。
まず美術館の外から既に作品が。奥様のご実家があり現在移り住まれている宇和島で、90年代前半に、宇和島駅が全面改築になるにあたり、捨てられる運命だったブリキ剥き出しの文字型をもらって来られたもの。生まれ育った場所の地名を、いざその地を離れてから目にすると、色々な感情が生まれると。
金曜に行ったところ、20時までと長い会館時間だったこともあってか、若い層を中心に結構な来館者数だった。7つのテーマに分けてあるが、時間軸順どおりになっていない会場構成。
「残景0」 2022 コロナ禍に制作された最新作。以前から作っていた残景1からだったが、その前のゼロがあったなと。
「ダブ平&ニューシャネル」 1999 実際に中に入って大竹伸朗氏が演奏されることも。
向かい合った緑のブースから、遠隔操作により演奏が出来る。中央のギターがダブ平、左のギターがボブ、右のギターがエイジ、ドラムがアダムなのだそう。
向かい合った緑のブースから、遠隔操作により演奏が出来る。中央のギターがダブ平、左のギターがボブ、右のギターがエイジ、ドラムがアダムなのだそう。
「EZMD I」 1984
「ミスター・ピーナッツ」 1978-81
「紅茶を運ぶ黄色い天使」 1982
「残景 14 」 2020
「サンティアーゴ」 1985
「記憶の形」 1984
「時憶 フィードバック」 2015
「網膜 太陽風 1」 1990-2020
「東京ー京都スクラップ・イメージ」 1984
「象 II」 1985
「ニューシャネル」 1998
宇和島にあるスナックの扉で、もとからこの文字が付いていた。大竹氏が非常に気に入り、以降大竹フォントとも言われ使用されていくことに。
宇和島にあるスナックの扉で、もとからこの文字が付いていた。大竹氏が非常に気に入り、以降大竹フォントとも言われ使用されていくことに。
「日本景 東京II」 1997
「Explorer」 1985
「スクラップブック #65」 2005.3-2010.5.20
1977年からのライフワークとなっているスクラップブック。最新版は71冊目で3年かかっており、現在は72冊目を制作中なのだそう。切っては貼ったり描いたりしており、1冊が17キロの重さになっているものも。21歳の時に立ち寄ったロンドンの蚤の市で、ビニールに入れたままの大量のマッチ箱のラベルと、それを貼り付けた状態で売っている男性に出会い、自分のやるべきことに出会った気がしたと。
1977年からのライフワークとなっているスクラップブック。最新版は71冊目で3年かかっており、現在は72冊目を制作中なのだそう。切っては貼ったり描いたりしており、1冊が17キロの重さになっているものも。21歳の時に立ち寄ったロンドンの蚤の市で、ビニールに入れたままの大量のマッチ箱のラベルと、それを貼り付けた状態で売っている男性に出会い、自分のやるべきことに出会った気がしたと。
「ガレージ」 1984
「網膜(左眼)」1990-91
「網膜(茶の前の落下)」1991-93
「赤い兵士」 1984
「芥子 音影 I」 2008
「Wallpaper」 1978-79
「網膜(ニュー・トン・オブ・タンジェ I)」1992-93 網膜と題されたシリーズ作品の立体。写真や印刷物や、600匹ものハエの模型が貼られている。
「おかま牛の憂鬱」 1987-88
「レディオ・ヘッド・サーファー」 1994-94
ロンドンで、ラッセル・ミルズと共にライブパフォーマンスの「クルバ・カポル」を手伝った経験により、絵と音の融合とし、音も作品の素材とする。
「ゴミ男」 1987今まで見た大竹伸朗氏の作品は:
会場:東京国立近代美術館
会期:11月1日'22~2月5日'23

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