1964年竣工。
東京カテドラル聖マリア大聖堂は、1899年(明治32年)に木造ゴシック様式の聖堂が建てられていたが、第二次世界大戦の東京大空襲で焼失し、しばらくは物資不足のために米軍によって持ち込まれた半円筒形の「カマボコ兵舎」を利用して集っていたが、その後、ドイツ・ケルン大司教区の支援を受けて聖堂は再建されたもの。
指名競技設計が実施され、設計条件は「鐘楼を設けること」と「2000人を収容できること」と。前川國男氏、谷口吉郎氏、丹下健三氏の中から、丹下健三氏の案が採用された。
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HP(Hyperbolic Paraboloid)曲面シェルと呼ばれる双曲放物面をもつ鉄筋コンクリート造の版によって構成されており、版の外側には全面に1本40メートルのステンレス板が張られている。8枚(4種類)のHPシェルは上部に向かうほど垂直に立ち上がっていき、2枚ずつが隙間を設けて立てかけられている。曲面を木枠で作り、そこにコンクリートを流し込むが、重量が架かりすぎないように少しずつ流し込んでいかなければならない。外装には、1本40メートルのステンレスの板が使われたが、40メートルと長い為、現場でその板を作ってつけていった。作業員が綱渡りのように横に伸ばした綱の上で、ステンレス板のボルトをとめていくと言う方法。1年8ヶ月で出来上がった。
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高さ61.68メートルの鐘塔。ドイツから輸入された4つの鐘が付いている。
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(内部は撮影禁止の為、画像はHPから)
柱は一切なく、天井高は最頂部で約40メートルにもなる。十字架の隙間がトップライトとなっており、日中は外光が入って来る。
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祭壇の背面では高さ17mの十字架があるが、その背後の壁面は、黄金色に鈍く浮かび上がっている。アラバストル大理石を薄く切り出して格子状にはめ込んだもので、東向きなので、朝日を受けて輝く。
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合計3,122本のパイプで構成されるオルガンはイタリアから搬入され、来日したオルガンビルダーが約3カ月をかけて組み立てたものとのこと。2004年に竣工時のものと取り替えられた。音の残響が空席時で約7秒あるのだそう。
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洗礼室。
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上述の8枚(4種類)のHPシェルの隙間は頂部で交差している。
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上空から見ると十字架のかたちが現れるというしくみ。
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尚、地下の納骨堂には、他の方々と共に、丹下健三氏が眠っておられる。

フランス南西部の町・ルルド近郊の洞窟で聖母マリアが現れた洞窟を忠実に再現した「ルルド」。
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ジョセフィーヌの鐘
フランスから2つの鐘が運ばれた。もうひとつは「江戸のジャンヌ・ルイーズ」と言い、いずれも第二次世界大戦の金属供出を免れ、江戸のジャンヌ・ルイーズは築地教会にあるとのこと。
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