横尾忠則氏の「寒山百得」展。グラフィックデザイナーや舞台美術をされていたが、45歳で油絵へ。87歳の今も描き続けておられ、コロナ禍の2021年~2023年に完成させた102点の展覧会。
「寒山拾得」を102枚の作品に再構築したもので、100号ぐらいの大きさで描けば、会場にちょうど100点ほど並ぶだろうと、「寒山拾得」の「拾」を「百」に変えてみようと思われたのだそう。
作品名はなく、日付順に並んでおり、2年ほどの間に作風の変遷も見られて面白い。
寒山と拾得は、唐の時代に伝承されている僧侶。拾得は天台山に住み着き、かまどの番をしていて、寒山は寺に行き来して拾得から残飯をもらっていた。子供のように自由で、奇行とも思われるふるまいをするが、深い教養あふれる詩を民家の壁に残すなど、浮世離れした生き方は、禅の世界で神聖視された。特徴として、寒山は手に巻物を、拾得は箒を持っている。
松尾芭蕉は「庭掃きて 雪を忘るる 箒哉(ほうきかな)」と詠み、目的すら忘れてしまう心境が何物にもとらわれず素晴らしいと。
松尾芭蕉は「庭掃きて 雪を忘るる 箒哉(ほうきかな)」と詠み、目的すら忘れてしまう心境が何物にもとらわれず素晴らしいと。
横尾氏いわく、制約や約束など条件に縛られて生きているが、寒山拾得は意義も理念も持たずにいるのではないか。絵は何かに振り回されており、芸術そのものが寒山拾得ではないか、と。
近年、横尾氏は難聴になって意識も朦朧として夢と現実が混在し、目も悪くなり、利き腕の右手は長年の筆遣いで腱鞘炎になって輪郭線が描けなくなってしまった。今の環境や状況下でいかに描くかということが現れていると。
2021.09.03
結婚式をしている人達と寒山拾得が描かれている。拾得は箒を持ち、その隣の男性とも髪がボサボサなので、拾得の横が寒山であろうと。右下にサーキュレーターがあり、コロナ禍の真っ最中であることも示している。何かのTV番組で、この絵を描いておられる様子が放映されていたが、最後の最後にサーキュレーターを描き足しておられた。
2021.09.21-2 シリーズ7点目の作品は、便器の上に座る寒山の上には巻物の代わりにトイレットペーパーが描かれ、拾得は電気の掃除機。
2021.10.22 10点目。シルクハットと女性が踊っている脇に寒山と拾得がいる。掃除機とトイレットペーパーが登場。
2022.01.06 13点目。大勢のアスリートが走り出す様子。誰も掃除機やトイレットペーパーは持っておらず、寒山や拾得が誰だかわからないが、足元には髑髏がある。
2022.01.26 15点目。1位にゴールしている人物の首には便座がかけられ、トイレットペーパーがゴールテープ。足元には42.195キロと。
2022.01.29
2022.01.30 17点目の作品。馬とたわむれる寒山と拾得。輪郭は曖昧で、ぼやけた印象だが、「朦朧体」という横尾氏が近年新しくあみだした画法。年々からだが不自由になる中で生まれたとのこと。
2022.04.27 33点目。髑髏もあるが、朦朧体で優しい印象。
2022.05.18
2022.05.21
2022.05.25
2022.05.28
2022.06.02 AM 47点目。拾得が寒山の肩の上に載っており、箒が拾得の髪と一体化している。もともと寒山と言うひとりの人物で、拾得は分身と言う、歴史的な解釈もあるのだそう。
2022.06.23 57点目。人の形すら定かではなく、塊として融合している。
<2>に続く。
会場:東京国立博物館
会期:9月12日~12月3日'23

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