横尾忠則氏の「寒山百得」展 <1> からの続き:
2022.07.03
58点目。雰囲気が変わる。画面には「FUSION」という文字を、絵のイメージとして使っており、語感がリズムを作っているだけで、意味を見出すことはもはや意味がないのではないか、と。
2022.07.04-1
2022.07.20
2022.08.12
2022.08.21
2022.10.04
2022.10.08
2022.10.10
2022.10.28
2022.11.03
2022.11.13
2022.12.01 93点目。幾何学模様で、中央には箒、巻物かトイレットペーパーのようなものも描かれている。左右で反転している。100点と自分で決めたが、飽きてしまって、寒山拾得の中に入れ込んでしまおうと。どのように寒山拾得から逃れようかと苦悩が始まったと。
2023.06.27 102点目。創作時間1時間25分の作品。150号(181.8cm x 227.3cm)
2020年に初めて描いた「寒山拾得2020」を原画としている。左側には拾得が掃除機を高く掲げ、右側の寒山は巻物を持っているが、それが徐々にトイレットペーパーに変わっている。仁王像のような構図となっている。江戸時代中期の画家である曾我蕭白(そがしょうはく 1730~1781)の描いた「寒山拾得」をアレンジしたとのこと。
出発点に戻って、100点描いた後に1点目を再度描いてみようと思ったとのこと。子供の頃は模写することが絵を描くことだと思っていたので、自分にとっては模写は原点。絵を描く行為は、アスリートのように、頭ではない身体、つまり感性に従って描きたい。描けば描くほど、寒山拾得が見えて来てしまうので、横尾氏の寒山拾得の結末としたい。横尾氏にとっては、寒山拾得を裏切りたい、見る側にこの先をゆだねて、見る側が感じ取り作らないといけない。
赤い点を入れる前の方が謎めいていたが、入れることで、より面白くなくなってしまったと。赤い点をシンナーで拭き取ると、それもまた行為となってしまう、と言いつつ、日付まで書き込んだ後に、右下の赤い点を拭き取られた。
右手で寒山を、左手で拾得を描いておられた。身体の赴くまま、手(肉体)が覚えている知恵で。100点の1点目はこのようには描けなかったが、徐々に頭の部分が消えていって、最後は身体だけで描けた。これはラストの作品ではなく、次の仕事のスタートになるものであり、アスリートが一斉にスタートを切る時のイメージ。102点目なのに、またスタートしてしまった、と。
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