NYでオペラと言えば、メトロポリタンオペラやシティオペラをまず思い浮かべるが、それだけがオペラではなく小劇場でのオペラも一度は観てみては?と友人に勧められ、アマトオペラというイーストヴィレッジにある107席という小劇場に行ってみた。

イタリアからの移民であるアントニー・アマト氏とその妻のサリーさんが作った劇場。もともと声楽家だったアントニー氏が、生徒にオペラのフルコーラスを教えるべく Bleeker street で1948年にアマトオペラを立ち上げ、後に Bowery に面する建物を購入し、今年で60周年を迎える。
アントニー氏は演出、指揮、装飾、ライトを、奥さんのサリーさんは営業、チケット売り場、衣装、歌手達への食事を作るなど、家族経営で発足した。
50周年目前にサリーさんは他界したが、現在姪夫婦などが手伝って運営している。

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フィオレッロ(伯爵の召使) Fiorello (バリトン) :Loris Nazarian
アルマヴィーヴァ伯爵 Conte Almaviva (テノール) :Darren Chase
フィガロ(理髪師) Figaro (バリトン) :Joseph Pariso
ロジーナ(バルトロの姪) Rosina (メゾソプラノ) :Jordan Wentworth
バルトロ(医師) Bartolo (バス) :Peter Heiman
ベルタ(バルトロ家の女中) Berta (ソプラノ) :Helen Van Tine
バジリオ(音楽教師) Basilio (バス) :Joseph Keckler
仕官 Ambrogio/Ufficiale (バス) :John Petrozino
アンブロージョ(バルトロ家の召使) :Allen Cooper

正直言って、面食らった。
まず劇場が非常に小さく、かび臭い。観客層も若い人が数名はいたが、年齢層が非常に高い。
いざ、歌手が出て来て歌いだし、目の前で観られるのは面白いが、ソプラノ以外は中年以上のお年の歌手達。
アルマヴィーヴァ伯爵の Darren Chase など、一幕目でのアリアでは、高音時に声が浮ついたりするなど、いつか咳き込んでしまうのではないか?と心配になるほど。
バルトロの Peter Heiman に到っては、かつてはバスの歌手だったのかも知れないが、お年を召しているからか、全く声が出ておらず、歌っているのか話しているのか?と言った感じで、まるで日本の有名俳優が名前だけでミュージカルに出演してしまったが歌えないのでセリフのように声を出しているだけ、と言った雰囲気。
フィガロ役 Joseph Pariso は安定感があった。
並み居るおじさん達に囲まれて、高音以外は声が通らないが孤軍奮闘の若いソプラノのロジーナ役の Jordan Wentworth の熱演には好感が持てた。

とにかく舞台が狭い。わずか横幅10メートル、奥行き5メートル。そこにコンパクトに必要最低限の大道具や小道具を配置しているその創意工夫は凄い。途中、アンブロージョ扮する Allen Cooper が扉を閉めようとしてピアノを倒したり、太めの歌手達が階段を上がったり下がったりする際には階段の幅が十分でないので、今にも手摺が壊れそうになっていたり。
舞台上にはメザニンから字幕を映しているが、途中でパソコンの調子が悪くなり、ウインドウズの画面が現れたり。
始まる前の序曲などはスピーカーから流れるだけだが、公演中の音楽は6名の担当がおり、指揮者のタクトのもとピアノやフルートなどが演奏される。フルートなどは出だしを間違えたり、歌手と指揮のタクトのリズムは同じだが、演奏者がそのスピードについていけずに遅かったり。

全てが手作り。
小劇場のオペラだとは判っていても、メトロポリタンオペラやシティオペラを観てから初めてここを観ると、勿論まず比較すること自体が悪いのだが、どうしても比べてしまったり、歌手の技量の無さに唖然としてしまったり。
が、ソプラノの高音が上手く出るかどうか息を飲んで見守るおじいちゃん&おばあちゃん、無事に歌えると拍手喝采など、徐々に所謂芝居小屋的な感覚での楽しみ方が出来るようになってきた。
主だった歌はイタリア語だが、減らした歌の進行部分を全て英語のセリフにしていて、わかりやすいと言えばわかりやすい。
最前列の80歳は優に超えたおじいちゃんなど、一幕目は完全に寝ていて、二幕目は聴き、三幕目でも寝たり起きたり。それでも幕間にはピーナッツバタークッキーを食べており、喉に詰まらせないかとこちらがヒヤヒヤ。
2幕目と3幕目の間には、ラッフルの抽選も兼ねてアントニー・アマト氏が現れ挨拶。後ろのおばちゃん達は、今年60周年だから彼は90歳近いのかしら?と言っていた。
トイレの場所を聞こうとアッシャーの人に聞くも、私も今日はじめて手伝うので良く知らないけどあっちがトイレじゃないかしら?と言われて苦笑。
休憩時の売店のケーキは家から作って来たと思われるチョコレートケーキをその場で包丁で切りわけていたり、クッキーも自家製でラップでくるまれたもの。売っている人は、一人ずつに楽しんでる?と聞いて何か質問を受けると、それは丁寧に答えていた。

5000人以上を収容するメトロポリタンオペラや、それに次ぐシティオペラがあり、かと思えば107人の世界一小さなオペラハウスがあるここマンハッタン。
アメリカの、しかも拝金主義が横行するマンハッタンで、107席、1席35ドルのこの芝居小屋がいくら満席とは言え、儲かっているようには思えない。
メトロポリタンオペラの初日などの特別公演を除いた場合、平日で15ドル~375ドル、週末で42ドル~375ドル。15ドルでそちらに行けば、はるか遠い席ではあっても、高い技術の歌や演技や演奏を体験できるが、あえて35ドルのこの小劇場に通う人達がいることに意味があると思う。
イタリアには各町に大小の差はあれどオペラハウスがあると言うが、オペラの国イタリアとはいかないまでも、アメリカでこのようなオペラハウスがあることに驚きも感じ、新鮮でもあり、微笑ましく感じた。
日本ではオペラハウスが東京に作られたが、果たしてこのようなオペラ専用の芝居小屋が存在し続けることが出来る素地が日本人にあるかどうか、、、落語などの日本の古典芸能のそういった芝居小屋ですらどうなのか疑問が残る。