今、NYではABTの春シーズン真っ盛り。今年のABTのオープニングには、大人気のファーストレディであるミシェル・オバマさんが来たそうだが、残念ながら今年は観られずにほぞを噛んでいたところ、名古屋に熊川哲也氏率いるKカンパニーが一日だけ公演するとのことなので行ってみた。(画像HPより)
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音楽:アドルフ・アダン Adolphe Adam
原振付:マリウス・プティパ Marius Petipa after Jean Coralli, Jales Perrot(ジャン・コラーリ/ジュール・ぺロー版による)
演出・再振付:熊川哲也
芸術監督:熊川哲也
指揮:井田勝大

ジゼル Giselle : 東野泰子
アルブレヒト Albrecht : 熊川哲也
ヒラリオン Hilarion : スチュアート・キャシディ Stuart Cassidy
6人の村人達 : 神戸里奈、橋本直樹、日向智子、中谷有香、ニコライ・ヴィユウジャーニン Nikolay Vyuzhanin、西野隼人
ジゼルの母ベルト Berthe : ニコラ・ターナ Nicola Tranah
クールランド公爵 The Duke of Courland : ショーン・ガンリー Sean Ganley
公爵の娘バチルド Bathilda : 松根花子
アルブレヒトの従者ウイルフリード : デイビッド・スケルトン David Skelton
ウイリーの女王ミルタ Myrtha : 浅川紫織
モイナ Moyna : 木島彩矢花
ズルマ Zulme : 樋口ゆり

昨シーズンのABTでは、4日連続で観てしまったこの演目。ABTでの、ニーナ・アナニアシヴィリとアンヘル・コレーラは こちら、ジュリー・ケントとイーサン・スティフィルは こちら、パロマ・ヘレーラとマルチェロ・ゴメスは こちら、シオラマ・レイズとヘルマン・コルネホは こちら
同じ演目でもABTの場合はいずれもダンサーが異なる為、それぞれの比較が出来て面白かった。今度は、それらの記憶とKカンパニーとの比較をしながら観ることに。

熊川哲也氏はもう37歳。このアルブレヒト役はそれほどハードな役どころではないのだが、彼のウリとするジャンプなどはとても丁寧に、しかしスピーディで正確で、非常に良かった。2幕目のソロでの最初のジャンプの高さは素晴らしく、会場からは感嘆の溜息がもれていた。
二幕目の一番の観せ場のソロが終わってばったりと倒れこむところでは、ABTではそのような振付はなかったのだが、熊川哲也氏の場合は、倒れてもしばし顔は上を向き左手を挙げ、拍手を感じつつ最後にひれ伏すという、にくい動きだった。
アメリカでは、その場面の後の拍手は鳴りやまず、しばしアルブレヒト役はひれ伏したままじっと待ち、拍手が小さくなってからオーケストラが始まるが、今回は早々に音楽が始まり、アメリカ流に慣れてしまっていてもっと拍手をしたい私としては、オーケストラにはもう少し待っていてほしかった。

ジゼル役は、本来はゲストプリンシパルのヴィヴィアナ・デュランテ(画像の女性)が今回のツアーでは配されていたのだが、5月9日の大宮での公演中に怪我をした為、それ以降の東京公演では3名がジゼルを分担し、地方公演では全て今日の東野泰子さんが代役を務めている。驚いたことに、東野さんは未だファーストソリスト。
東野さんのジゼルは少女のようにとても可愛い。ABTでのアナニアシビリ、ケント、ヘレーラも同様だったが、花びらを千切って恋占いをする時は、YESもNOも花弁を地面に捨てていたのに対し、シオラマ・レイズだけがYESの花弁を大事そうに膝の上に置いておくというしぐさだったことを思い出した。
裏切られて狂気に満ち、かつての恋占いを回想する場面では、東野さんのしぐさは、どんどん花弁を千切るしぐさがスピードアップしていき、最後はイヤイヤをするようなイメージ。このようなアプローチはABTにはなく、面白かった。顔の表情などは、やはり驚き、怒り、悲しみ、笑いを順次現したニーナ・アナニアシヴィリが良かったかと。
一幕最後に彼女が死ぬ間際に、ABTではなかったと思うのだが(記憶が曖昧…)、熊川哲也氏扮するアルブレヒトが一度高く彼女を抱き上げてから、ジゼルは地面に崩れていた。

一幕目の農民役の橋本直樹氏(Kカンパニーでは7つのランクに分けているが、未だ若く、上から3つ目のソリスト)がとても良かった。2回転ジャンプを3回と2回転後に膝まづいてフィニッシュをしなければならないこの役は、ABTの時は3人のソリスト(ジャレッド・マシューズ、カルロス・ロペス、クレイグ・サルスティン)と、新進のコールド(ブレイン・ホーヴェン)が踊っていたが、今回の橋本直樹氏のように正確で着地時の両足の角度もばっちり決まったジャンプを4回見せた人がいなかったのではないかと。

ただ、他の農民役での男性が前列のポジションながら、2回転の着地がことごとく左斜め45度ぐらいに着地していたのが気になったが、拍手も少なかったような気がする。

演出の違いか、ジゼルに恋をするヒラリオンが、ABTの時には花を届けにきて家の前に置くのだが、ちゃんと受け取ってもらえないというマイムが入り、ヒラリオンがジゼルに恋をしているという複線がよりABTの方が鮮明だった。

2幕目の群舞も綺麗。ABTと異なり、全てが日本人ということもあって、髪や肌の色、背格好、手足の長さなどが似通っていて、より揃っているように見える。
アメリカの観衆と違って拍手をする回数が少ない日本の観客だったが、さすがにこの群舞では拍手が。

アルブレヒトがジゼルのお墓を前に泣き崩れているところに、亡霊が現れるが、彼の上に花を捲いていったり、アルブレヒトが死から逃れ終演となる時に、ジゼルの墓に捧げられた大きな百合の花を散らしながら幕だったりと、いずれも白い花が小道具に使われていて綺麗。

総じて公演はとても良かったかと。全体でのカーテンコールが4回、個別も数度あるなど(演技が終わると早々に帰るアメリカ人と違って日本人は席を立たないのもあって?)カーテンコールがいささか長く感じられたが。
そして、日本人の鑑賞マナーの良さに感服。オーケストラピットに指揮者が立った時点で静かになり、幕が開くまでの前奏曲をまるでクラシックのコンサートのように静かに聴いている日本人は凄い。
オペラでも、メトロポリタンオペラの音楽監督であるジェームズ・レヴァインが現れた時だけ前奏曲から静かになる程度で、ほかのオペラはもとより、バレエなどは踊り出すまで静かでないこと多々。始まっても、咳やくしゃみはいたしかたないとしても飴のつつみをゴソゴソパリパリさせる音やら、咳ばらい、鼻をかむ音、私語やら。じっと静かに鑑賞することが出来ないアメリカ人にいつもイライラしていたものだが、今回はそういうストレスが一切なかったのが非常に良かった。

しかしひとつ思うのは、今回のツアーは中部地方は名古屋だけで、その名古屋公演もわずかこの一日というのに、観客の入りが満席ではないこと。
ABTの春公演などは2ヶ月半ずっと公演し続けていることもあり演目やダンサーによって空席の日も多いが、何故空席が目立つのか。

まずはチケットの売れ行き。
S席19000円、A席15000円、B席10000円、C席8000円とあるが、3日前まで一番お安いC席のみ完売となり、他の席は余裕があるとインターネットには表示されていた。
2日前になると、エージェントが全てチケットを回収したとのことで、ボックスオフィスでもインターネットでも買えなくなり、当日券のみ会場で販売するとのこと。
しかし当日券では、未だ席があったはずのB席は売っておらずにS席とA席のみ。しかし、実際にはB席とおぼしき辺りは空席があったので、どうやらエージェント側としては高い席2種類のみ販売することにしたもよう。
外国のバレエ団が日本で公演するのなら未だしも、自国のカンパニーの値段にしては、ABTのアメリカでの値段と比べとても高額。ABTの場合は、一番お安い席だと26ドルで観られ、高額でも175ドル程度。
ABTの場合は、非常に多くの寄付者が居ることから、この金額に抑えることが出来ていると聞く。
ABTにせよ、メトロポリタンオペラにせよ、パンフレットは無料。しかし、日本の場合はパンフレットは3000円。
この金額の壁がまず客足を選択してしまっているような気がする。
文化的な物への寄付が、ヨーロッパでは政府が、アメリカでは富裕層が担っているのに対し、日本ではそれが全くと言っていいほどないのが現状。寄付者への税制の優遇措置がないこともその原因とも考えられる。

そして開演時間。
6時開場、6時45分開演で、終了予定が8時55分だった。通常アメリカでは、ブロードウェイにせよオペラにせよ(ワグナーなどの長い演目は除く)通常は8時から開演で、最近は早く帰りたい人の為に火曜だけ7時開演としている。
働きマンの日本人男性が仕事を終えて6時45分までに会場にかけつけるというのは至難の業と思われ、会場には年配の男性はおられたが、働き盛りの男性層は非常に少数派。まるでABTの平日のマチネ公演を観にいったよう。
確かにABTの夜公演の感客層でも女性の比率が高いが、ここまで男性が少なくはなく、夫婦や若いカップルなどが一緒に楽しむという光景が普通。つまり、夫婦やカップルの女性か男性のいずれかがバレエを好きであったとしても、パートナーを連れて来るので、倍の観客が動員できる。
実際、隣に座っていたお1人で来られていたオバサマも、名古屋市外の遠方から来られているとあって、カーテンコールが行われている未だ9時過ぎでも慌てて帰っておられた。
NYの場合、地下鉄もバスも(エリアによるが)24時間営業であり、タクシーやリムジンで帰宅する人も多いことから、開演時間が遅くても問題ないのだろうが、日本の場合は交通網は発達していても終夜営業をしていないことがネックなのかも。

高額であったり終電を気にしなければならない条件下では致し方ないのかも知れないが、
動員数が少ない → 寄付も少なくチケットの売り上げが悪いので低額には出来ない → 子供などが気軽に鑑賞できない → バレエなどの鑑賞者の裾野が広がらず理解がされにくい → 寄付などもつのれない → チケット代が高額 → 動員数が少ない・・・と同道巡りをしているような気がしてしまった。

後記
いささか古い統計数値だが。
2006年度の寄付総額は2950億ドルでそのうち75%が個人。
年収10万ドル未満の人の65%が寄付しているが、それは投票に行く人の数よりも多い。
寄付先のうちわけは970億ドルが教会、410億ドルが大学など教育施設、125億ドルが芸術関連となる。