イスラム教シーア派の聖地である カシャーン Ghom を後にし、ユネスコ世界遺産のペルシャ式庭園のひとつがある カシャーン Kashan へ。 カシャーンは、シルク布、絨毯、そして車の部品工場などが多く、比較的お金持ちが多く、宗教的な街でもある。砂漠にありながら、2000年前から山からの水が地下水路を通ってオアシスを形成していた。

世界遺産のフィーン庭園
アッバースⅠ世の命によって造られた庭園。
モーターはないのだが、75キロ先の山から徐々に勾配を利用して水を引き、80の穴から水が出たり入ったりすることで水がよどんで汚くなることを防ぎ、絶えず庭園中に綺麗な水が流れるようなしくみとなっている。


建物内にも水が引かれているので、とても涼しい。


庭園内には浴場のハマムもある。
ハマムの内部

カジャージという脱衣をする場所。
マッサージや髪を切ったりもする。

その昔、王の宰相の人がここで手首を切られて
殺されたという曰くつきの場所でもある。
古い街なだけに、新旧の家が共存したりする。右側の家はお金持ちエリアの家々。


カシャーンを後にし、何処までも続く砂漠をアブヤーネ方面に向かう途中、写真撮影禁止で、車を停めることすら禁止のエリアが。良く良くみると、対空砲が5基ほど置かれていて兵隊さんがそばにいる。

向こうから大きな双眼鏡で我々の車の内部も
チェックしているからカメラは向けるなとの
ことだったので、写真は撮れなかったが、
この砂漠の少し向こうから禁止区域となる。
アブヤーネ Abyane という村に向かう。山の間のオアシスを抜け、大理石の砕石場などもある。ここの辺りの大理石はイランでも最高品質のもので、ヨーロッパに輸出されている。

山に入るといきなり気温がぐっと下がって来て涼しい。


冬場は、雪に覆われ家畜の放牧も出来ないので、斜面の洞窟を利用して家畜と多量の餌を入れておくのだそう。
←小さな穴が入口で、木の扉が付いている。
アブヤーネ Abyane 村 に到着。

もともと土に鉄を多く含んでいるため、赤い家屋なのだが、ちょうど夕日を浴びて、ますます綺麗な赤い建物を見ることが出来た。

ナフルと言うお祭りのおみこし風のもの

ここにもバクシーシ(喜捨)用のサダヘが。

バードギール風のもの。
バードギールとは、風の塔、風採り塔とも言われ
塔の先端から風を採りこみ、貯水池の水を冷やす
冷房装置。ここのものは塔のような形態ではなかったが。

アバンバー。この下には水を貯められるようになっている。

とにかくここの人達は独特。
女性は白地に赤かピンクの薔薇の模様のスカーフ姿で、スカート丈も短め。

行ったのが夕方に近かったので、ちょうど
皆さんが家の外で向い合せに2列になって
井戸端会議中。
普段、ツアーではお昼間にしか来ない
ガイドさんもこんなに数多くの女性達を
一同に見たことがないとのことだった。

男性の衣装も、裾の広いズボンと決まっていて面白い。
ここの方達は、アケメネス朝時代(紀元前6世紀~紀元前4世紀)の言葉、つまり楔形文字に書かれた言葉に近い言葉を話すので、イラン語(=ペルシャ語)を話す一般のイラン人には全く言葉が通じない。
アブヤーネの人達は学校でイラン語も学ぶ為にイラン語はわかるが。
民族的には全く違いがないが、ササン朝時代(紀元3世紀)から山間に隔離されてきていた為、独特の文化や言語が残ったもので、隣村は後から出来ているので全く彼らとは異なり、この村だけが唯一無二となる。
独特の文化や言葉を守る為、村の外から家や土地を買うことは許さずにきた。また、この村からは、賢者が多く輩出されているのだそう。
冬は非常に寒い為に、冬の期間中だけは街に出るなどしているが、子供や孫の世代がこの村に残るようにと、ようやく昨年からガスが通ったのだそう。因みに、イランは天然ガスの産出量が世界第二位。

このおばちゃんは、ドライフルーツや、ラベンダーのようなお茶に入れるハーブを売っていた。
青紫色の下で画像ではわかりにくいが、ザクロとアンズの皮を煮込んでジャムのようにして干したものを買ってみた。
素朴でグミのような食感のお菓子だった。


村には、綺麗な霊廟があった。
7代目イマームの子孫の霊廟とのことで
中には、イラン・イラク戦争の時にこの村
出身で亡くなった若者たちの写真が
掲げられていた。


サファビ時代(1501~1722年)に、キャラバンサライの建物が残っていた。
キャラバンサライとは、隊商の為の取引場であったり宿泊施設であったりする。
アブヤーネは、ゾロアスター教の影響も色濃く、未だその施設が跡が残っていた。
普通、村を歩くと、テレビやラジオの音がしてくるものだが、この村では全くそのような音はせず、村人がのんびり外でくつろいでいてとても静か。ゆったりとした空気が流れていた。
イランの中でも特異な文化や言語なので、イラン人にとっても珍しいと見えて、カメラ片手に観光に来ていた。
この後、イスファハン に向かう。
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