イスファハンとヤズドの間にあるナーイーン Nain という街に到着。 中心部での大々的なデモに遭遇!

先頭はまず若者男性

続いて、女性達
皆、真っ黒なチャドル姿でちょっと異様な光景に見えてしまった。

最後尾には、制服を着た中高生ぐらいの
男子学生達。
この日は、イラン・イラク戦争が開始された日から10日目にあたるのでその関連のことかとも思われたが、やはり、Youtubeでアップロードされ、イスラム各国で反発を買った 「Innocence of Muslims」 に対する抗議デモだった。
ナーイーンの街は、機械編みを含む絨毯生産と、タイルの街。もともと田舎で宗教色の強い街だったが、大学が出来てからは、雰囲気が変わったのだそう。
マスジェデ・ジャーメ(金曜モスク)

1200年頃のセルジューク朝初期の頃のモスクなので、ミナレットは1本。
セルジューク朝後半になって2本になる。
イスラム教がイランに入って来て200年後に建てられたイランの中で一番古い金曜モスク。

メフラブやメンバル(ミンバー)
柱も古いので、つっかえ棒がしてある。


しっくいによる彫刻が非常に綺麗に残っている。

屋内の礼拝所

地下に降りて行くと、サルドープ(サル=冷たい、ドープ=水)という場所には水がひかれている。

地下の部屋の為の明り取りは大理石がはめ込まれていて、地下から見上げるとこんな感じ。

地上ではそれが明り取りの大理石だとはあまり気付かない。

モスクの入り口の掲示板には、
何処にでも見かけるホメイニ師の写真。
そして、今日のデモに参加しましょうとの
呼びかけが貼ってあった(左下の紙)。

ガイドさんが作業員に交渉してくれて、横の工事をしている屋上にあがらせてもらった。
四角い煙突のようなものがあるが、これは風取りの為のバードギル。
非常に暑いが、カラッと湿気のないイランでは、窓を造らず、高く煙突のように伸ばした所から風を階下に取り込む構造になっている。
屋上からの眺望

荒涼とした沙漠や砂丘の中に出来た街だと言うことが良くわかる。

丸いドームのような建物はホセニエというもので、7つの地域にそれぞれあり、モハランという行事を行う10日間に使用される(だったと思う・・・)。
地域で、そのホセニエを造るか、広い一般の家を寄付するかなのだそう。
バードギルも多数見える。

尚、これがイラン式クーラー。
銀色の容器に水を入れ、
電気でファンを回すことで
その水がミストのような役目と
なって、空気を冷却する。

昼食を。
この飲むヨーグルトのドゥーグは、
ミントの葉がしっかり入っていて美味しかった。

恒例の麦スープ

恒例の野菜サラダ

イラン風ビーフシチュー

ご飯の上にレーズンたっぷり。
ケシュメシュポロ(ケシュメシュ=レーズン、ポロ=米)
生のタマネギをシチューの薬味として食べるのだそう。
水にさらしたタマネギではないが、それほどきつくない。

メロン
とても甘くて美味しかった。

レストランには、壁掛け用の絨毯が何枚かかけられていたが、皆、斜め向いている。
コーランの文字などが書かれた絨毯はまっすぐなのだが、そうでないものは斜めにかけるのが普通なのだそう。
そして一路、ヤズドに向かう。

ラクダに注意の立て看板。
この辺りは野良ラクダ?が何頭も悠々と過ごしていた。


とても暑いので、前方の道には逃げ水が。

ペルシャ湾の天然ガスを採掘する為の巨大な部品を運んでいた。
車は、天然ガスとガソリンと両方あり、天然ガスの方がガソリンよりも少し安いのだが、タンクが2ついることから、あまり普及していないのだそう。

道路の路面はとても良く、まっすぐな道が
多いこともあって、制限時速100キロでも
オーバーする車も多い為にスピード測定の
カメラや、お巡りさんが停まっていることが多い。

実際のパトカーではなく、廃車のようなオンボロパトカーや、板にパトカーの絵を描いたものをダミーとして置いてあることもある。

そのダミーのパトカーを置く道路の小高い場所にダミカーが置いていなかった為、ちょうどそこを利用してお祈りしている男女がいた。
また、「PRAY ZONE」 として、お祈りする為のスペースがところどころにもあった。
覆面パトカーなどもあるそうだが、パトカーのほとんどはメルセデスベンツ。
パーレビ国王の時代に、メルセデスの株をイランが48%購入した為で、ただし、経済制裁を受けてからは購入できないのだそう。
スピード違反50キロ超は速攻レッカー、50キロ未満で約10000円の罰金、30キロ未満で約5000円の罰金。
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