長久手市にある 名都美術館 へ。
開館25周年記念として 「麗しき女性の美 上村松園・鏑木清方・伊東深水」 の女性画を特集していた。チケットをいただく機会があり、初めて日本画の展覧会に行くことに。 (画像はHPより)
上村松園 (明治8年~昭和24年)
女流画家。鏑木清方とも親交があった。
「春秋」 昭和5年(1930年)

林テレンプという自動車内装部品の会社の初代社長さんは、絵画を集めておられたが、この作品を観てから美人画を収集し始めたきっかけとなった作品。そして収集品を展示すべく美術館として昭和62年(1987年)に開館したのだとか。
高松宮におこしいれする徳川喜久子さんの調度依頼画の由来がある作品で、左側の端には蝶々を配して春を、右側は萩を描いて秋を表現。


「花見」
明治43年(1910年)
日本髪が忘れられていくのを
作家が嘆いていたのだそう。
「静」
昭和19年(1944年)
敵である源頼朝の前で愛する義経への歌を
詠んで舞った静御前を作家が好んでいた。
鏑木清方 (明治11年~昭和47年)
伊東深水の師匠にあたる。


「雛市」
明治34年(1901年)
「初夏の化粧」 大正5年(1916年)頃
左の花よりも右の花を淡彩に描き
奥行を出している。
大正9年の文展で2等首席を受けたことで
日本画家として認められ、転機を迎えた
作品なのだそう。
伊東深水 (明治31年~昭和47年)
鏑木清方が師匠だが、芸者などの人物画は師匠をも勝ると清方がほめている。

「湯気」
大正13年(1924年)
21歳で結婚した深水の新妻である好子をモデルとしている。

「鏡獅子」
昭和9年(1934年)
6代目尾上菊五郎の舞台から着想。
大きな作品だった。
この「湯気」のモデルとなった本妻ではなく
料亭の女将さんとの間に生まれた子供が
朝丘雪路さんなのだとか!
正直言って今まで、日本画の、ましてや美人画をじっくり観たことがなかったので、良い機会をもらったかと。
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