NYから名古屋に引っ越してきて約4年半、すっかり名古屋にも慣れ、友人も出来て楽しんでいたのだが、名古屋ライフに終止符を打つ時がやって来た。

名古屋初心者の我々には、尾張と三河の違いもわからなかったのだが、名古屋の方々に色々と教えていただき、いつの間にやらすっかり気に入っていた名古屋。
名古屋人の郷土愛たるや、他県出身の我々には驚かされるぐらい。
それを象徴するのが、色々な所にそのシンボルであるシャチホコが見られることかと。



歩道の脇だったり。



禁煙ゾーンの注意書きだったり。


そして勿論、喫茶店だったり。

ご当地バージョンのランチパックの
子供達もシャチホコを被っていたり。


そこまでの郷土愛。しかし、驚いたことに、名古屋人は河村市長が話す名古屋弁はお好みでないもよう。
確かに、ジェネレーションにもよるが、若い人ほど標準語に近く、イントネーションが異なるだけのことが多い。いつの間にやら、私もふと気付くとつられて名古屋風イントネーションになっていたことも。
イントネーションの違いだけなので活字にすると、関西弁ほど顕著ではないが、そうは言っても、「そうだがや。」とか、「どえりゃぁ」 が徐々に 「でら」 に進化しながら使われている。



そんなこんなで、すっかり居心地良く過ごし、ご当地グルメの名古屋飯も色々と堪能し、気付くと、「あさげ」 でもなく 「ゆうげ」 でもなく、赤出汁の 「ひるげ」 を好んでいた我々。
新天地は南アフリカ。先日、マンデラさんが亡くなった南アフリカ。まさか南アフリカに住むとは思っていなかったので、4年前に旅行で来ていた南アフリカ。今度は、旅行者目線ではなく、これまた住めば都として、住人目線で新しい発見が出来るかと楽しみにしているところ。
私の従姉妹に言わせると、「第二のイモト」 として、私はライオンと一緒にサバンナを駆けまわることだろうと。
はい、眉毛を一本につなげて、頑張ります。
NYで始めたこのブログも、これで3カ所目となりましたが、遅筆な為、未だ9月に日本で食べた記事をもたもたアップしている状態です。しばらくは、日本での食べ物記事と南ア記事とが並列となりますが、今後とも、変わらずお相手して頂けると幸いです。
いつもお世話になっている皆様、良いお年をお迎えください。来年も引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。

名古屋初心者の我々には、尾張と三河の違いもわからなかったのだが、名古屋の方々に色々と教えていただき、いつの間にやらすっかり気に入っていた名古屋。
名古屋人の郷土愛たるや、他県出身の我々には驚かされるぐらい。
それを象徴するのが、色々な所にそのシンボルであるシャチホコが見られることかと。

マンションとおぼしき建物も
側壁がシャチホコだったり。
側壁がシャチホコだったり。

居酒屋さんの
外壁だったり。
外壁だったり。

歩道の脇だったり。

フェンスだったり。

その名も鯱バスだったり。

禁煙ゾーンの注意書きだったり。

消防署だったり。

そして勿論、喫茶店だったり。

生協の配送トラックの側面だったり。

子供達もシャチホコを被っていたり。

そして、名古屋マラソンでは実際に
シャチホコを被ったランナーもいたり。
シャチホコを被ったランナーもいたり。

そこまでの郷土愛。しかし、驚いたことに、名古屋人は河村市長が話す名古屋弁はお好みでないもよう。
確かに、ジェネレーションにもよるが、若い人ほど標準語に近く、イントネーションが異なるだけのことが多い。いつの間にやら、私もふと気付くとつられて名古屋風イントネーションになっていたことも。
イントネーションの違いだけなので活字にすると、関西弁ほど顕著ではないが、そうは言っても、「そうだがや。」とか、「どえりゃぁ」 が徐々に 「でら」 に進化しながら使われている。



そんなこんなで、すっかり居心地良く過ごし、ご当地グルメの名古屋飯も色々と堪能し、気付くと、「あさげ」 でもなく 「ゆうげ」 でもなく、赤出汁の 「ひるげ」 を好んでいた我々。

私の従姉妹に言わせると、「第二のイモト」 として、私はライオンと一緒にサバンナを駆けまわることだろうと。
はい、眉毛を一本につなげて、頑張ります。
NYで始めたこのブログも、これで3カ所目となりましたが、遅筆な為、未だ9月に日本で食べた記事をもたもたアップしている状態です。しばらくは、日本での食べ物記事と南ア記事とが並列となりますが、今後とも、変わらずお相手して頂けると幸いです。
いつもお世話になっている皆様、良いお年をお迎えください。来年も引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。
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