ザグーアン水道橋やウティナ遺跡を観光後、ケロアン(カイロアン)Kairouan に到着。

ここは、北アフリカにおけるイスラム教発祥の地。
イスラム教徒が、サウジアラビアのメディナ、メッカ、イスラエルのエルサレムに詣でる次にこのケロアンにやって来るほど、イスラム教徒によっては大切な所で、世界遺産になっている。

チュニジアで第4の都市とのことだが、至ってのんびり素朴な感じ。


お肉を焼いていたり、表で魚をさばいていたり。
まずは昼ご飯を Al Brija Kairouan で。


突き出しのサラダは色々とあって楽しめ、このパンが香ばしくて美味しかった。

ローストチキンはガッツリと。

アグラブ朝の貯水池


西暦825年に8年かかって、御影石で造られたもの。
かつては大人や子供もプールとして利用したこともあり、36キロ先の泉が水源となっていたが、今は雨水によっている。
シディ・サハブ霊廟


ムハンマドの同志であった、アブ・ザマ・エル・ベラウイの霊廟。
7世紀に建てられたが、その時にはミナレットはなく、12世紀に追加され、17世紀には巡礼者の宿ともなっていて、神学校なども追加された。


花のモザイクなど、ヨーロッパ文化とイスラム文化が融合したアンダルシア様式の装飾が見られる。
ここは、イスラム教徒の割礼の儀式を行う所としても有名なのだが、驚いたことに、その割礼の部屋の反対側には、ユダヤ教徒の割礼を行う部屋も。
ユダヤ教のラビなどは内部で祈ることはないが、その部屋を使うのだそうで、イスラム教徒とユダヤ教徒がここでは仲良く儀式を行う聖なる場所とは、チュニジアの宗教に対するおおらかさを感じた。

とにかく内部が美しい。




祈りを行う場所では、何枚もの絨毯が敷かれていた。そしてその周囲に小部屋がいくつかある。


聖なるインド人の建築家のお墓も。
シーア派と宗派は違うが、より宗教的に厳しいイランの聖廟では、異教徒の我々も入らせてもらえ、写真も撮ることが出来たが(その様子は こちら)、ここの内部には入ることは出来ず、入口から写真だけ撮らせてもらった。中では、お祈りを捧げている人も。
ケロアンでは、絨毯産業が有名とのこと。一軒の絨毯屋さんを見学。

ケロワンの伝統的なデザインは、絨毯を4つ折りにした時の中央部分に、国の花であるジャスミンをデザインしたものが配置される。

右側の機織りはアラビック、左側はベルベル人のもの。
アラビアの絨毯は、クッションのある側に座って、織糸を縦糸に挟み込んでは結び、余った部分をハサミでカットしていく。ウール、カシミア、シルクなど素材は色々で、高価なものでは、1平米を織るのに1か月かかる。
一方、左のベルベル人の場合は、裏側に座って織っていくので、出来上がりの表面を見ながら織っていく方法ではない。表面の織糸は、裏側で始末されているので毛足は表に出ず、出来上がりは非常に硬いものとなる。ウールで、アラビックの絨毯よりは安価。
ここでも色々と見せてもらい、また以前、モロッコなどでも見たが、やはりイランのペルシャ絨毯が一番素敵かなと。
ホテルに到着。

メディナ(旧市街)の一角にある建物をホテルとしており、史跡の中のホテルは、チュニジアではここだけとのこと。かつては、オスマントルコの兵士がいた所で、外壁はそのまま保存されている。


ウエルカムドリンクと、ケロワン名物のマクロウドと言うお菓子(中にディーツの餡が入ったもの)を。



部屋からは、プールが望めた。
この後、旧市街のメディナを散策。その様子は<12>で。

ここは、北アフリカにおけるイスラム教発祥の地。
イスラム教徒が、サウジアラビアのメディナ、メッカ、イスラエルのエルサレムに詣でる次にこのケロアンにやって来るほど、イスラム教徒によっては大切な所で、世界遺産になっている。

チュニジアで第4の都市とのことだが、至ってのんびり素朴な感じ。


お肉を焼いていたり、表で魚をさばいていたり。
まずは昼ご飯を Al Brija Kairouan で。


突き出しのサラダは色々とあって楽しめ、このパンが香ばしくて美味しかった。

ローストチキンはガッツリと。

アグラブ朝の貯水池


西暦825年に8年かかって、御影石で造られたもの。
かつては大人や子供もプールとして利用したこともあり、36キロ先の泉が水源となっていたが、今は雨水によっている。
シディ・サハブ霊廟


ムハンマドの同志であった、アブ・ザマ・エル・ベラウイの霊廟。
7世紀に建てられたが、その時にはミナレットはなく、12世紀に追加され、17世紀には巡礼者の宿ともなっていて、神学校なども追加された。


花のモザイクなど、ヨーロッパ文化とイスラム文化が融合したアンダルシア様式の装飾が見られる。
ここは、イスラム教徒の割礼の儀式を行う所としても有名なのだが、驚いたことに、その割礼の部屋の反対側には、ユダヤ教徒の割礼を行う部屋も。
ユダヤ教のラビなどは内部で祈ることはないが、その部屋を使うのだそうで、イスラム教徒とユダヤ教徒がここでは仲良く儀式を行う聖なる場所とは、チュニジアの宗教に対するおおらかさを感じた。

イスラム教徒の割礼を行う部屋

とにかく内部が美しい。




祈りを行う場所では、何枚もの絨毯が敷かれていた。そしてその周囲に小部屋がいくつかある。


聖なるインド人の建築家のお墓も。
シーア派と宗派は違うが、より宗教的に厳しいイランの聖廟では、異教徒の我々も入らせてもらえ、写真も撮ることが出来たが(その様子は こちら)、ここの内部には入ることは出来ず、入口から写真だけ撮らせてもらった。中では、お祈りを捧げている人も。
ケロアンでは、絨毯産業が有名とのこと。一軒の絨毯屋さんを見学。

ケロワンの伝統的なデザインは、絨毯を4つ折りにした時の中央部分に、国の花であるジャスミンをデザインしたものが配置される。

右側の機織りはアラビック、左側はベルベル人のもの。
アラビアの絨毯は、クッションのある側に座って、織糸を縦糸に挟み込んでは結び、余った部分をハサミでカットしていく。ウール、カシミア、シルクなど素材は色々で、高価なものでは、1平米を織るのに1か月かかる。
一方、左のベルベル人の場合は、裏側に座って織っていくので、出来上がりの表面を見ながら織っていく方法ではない。表面の織糸は、裏側で始末されているので毛足は表に出ず、出来上がりは非常に硬いものとなる。ウールで、アラビックの絨毯よりは安価。
ここでも色々と見せてもらい、また以前、モロッコなどでも見たが、やはりイランのペルシャ絨毯が一番素敵かなと。
ホテルに到着。

メディナ(旧市街)の一角にある建物をホテルとしており、史跡の中のホテルは、チュニジアではここだけとのこと。かつては、オスマントルコの兵士がいた所で、外壁はそのまま保存されている。

この黒い門の小さな入口から入る。




部屋からは、プールが望めた。
この後、旧市街のメディナを散策。その様子は<12>で。
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