ゴンダール城を見学した後、ダブラ・ブラハン・セラシエ教会 Debre-Berhan Selassie Church へ。
ゴンダールには、44もの教会があったのだが、19世紀のイスラム教徒との戦いや、在留イタリア軍を攻撃する為、イギリス軍が爆弾を投下した為、残っているのはわずか4つの教会のみ。
その生き残った4つのうちのひとつであるこの教会を兵隊が占拠したものの、この門の最上階の部分にミツバチが巣を作っていて、兵士を攻撃した為に、兵隊はこの教会から立ち去ったお蔭で、綺麗に残った。
このゲートはライオンを象っているのだそう。

1682年に、イヤス王によって建立された。
この教会は円形ではなく長方形。
ノアの箱舟をイメージして造られたもので、男性は西の正面入口から、女性は南の右側入口から入るが、中では一緒になれる。
屋根の上の十字架は、ゴンダールの十字架と言われる形で、ここにも同様にダチョウの卵が使われているが、7個の卵は一週間を現している。

我々が居る場所は3番目の場所で、この十字架の奥の部屋は聖職者とその家族の2番目の部屋、さらにその奥には聖職者だけが入れる1番目の部屋がある。

これらを描いたのは、アバ・ハイル・
マスカル・ウイルドーと言う僧侶。

横の壁にもずらーっとキリスト教のエピソードが描かれている。

最後の晩餐なども。
正面から顔が描かれている人は善人、横顔は悪人とされていて、ユダだけが横向きとなっている。
エチオピア正教のミサは2~2時間半にも及ぶ。
その時に、鳴り物系が使われる。
シストラムと言われる鈴のような?チベット仏教のマニグルマのような?楽器は、金属片が2つと3つ通されていて、それを左右前後に振ることで音を出す。3つの意味は三位一体と聞いたが、2つの意味は説明してもらったが失念。。。

動物の皮で作られた太鼓も叩かれるのだが、太鼓のたたく部分の小さい方が旧約聖書を、大きな方が新約聖書を現し、空洞の中は復活を意味する。
まわりの赤い色はキリストの流した血の色を、周りに張ってある紐は、キリストの体に付けられた傷を象徴しているのだそう。

「エチオピアのモナリザ」 と言われている聖母マリア像。



どちらの角度から見ても、聖母マリアがこちらを見ているように見えるとのこと。どうかな?
敷地内は樹が多いので、野鳥がいた。



オリーブツグミ Olive Thrush
Turdus olivaceus
ファシリデス王のプール

住居からは2キロ離れているが、アハ川からは200メートルに位置するプールで、レクリエーション目的と、1月19日に3日間祝われるティムカットと言うお祭りの時には水が貯められ、大勢がここで洗礼を受ける。

約30万人が来ると言われるそのお祭りの時には聖職者の言葉の後、一般人も、若い男女を問わず一斉にこのプールに跳び込む。
年配者は、聖なる水として、プールの水を持ち帰る。

ティムカット祭の時の為の観覧席まである。

王様が居た時代には、この壁の見晴らし台の中で
熱心な年配の信者達は寝泊まりして、聖書を読んでいた。
この大きなイチジクの樹の下では、伝統的な裁判も
行われていた。
クスカム教会 Qusquam church

内部は破壊されていて、20世紀になってハイレ・セラシエ1世の時代に修復が行われた。

外は、壁で仕切られていて、
ミサが行われる時には、右側が男性
左側が女性の場所となる。



併設されているミニ博物館には、女王、息子、孫の遺骨があった。
昔は手厚く別々に埋葬されていたのだろうが、今はこのガラスの棺?に合せて入れられている。



この小屋には、修行中の聖職者の卵達が寝泊まりして5年間修行をしている。


ホテルに戻る道すがら、大勢の人達が歩いていた。サッカーの試合観戦を終えて帰って行く人達とのこと。


ダッシェンと言うビール。
セント・ジョージも美味しいが
こちらもいける。


ティラピアではないお魚のムニエル。
川魚だろうが、お味としては、まるで鯵か何かのよう。
ポテトは、2度揚げでもしたのか、一旦干したジャガイモを揚げているのか、まるでジャガリコのような不思議な食感。


ホテルで夕飯を食べたのだが、我々の行った時点では誰もお客さんがいないものの、30名ぐらいの団体さんの準備に追われ、我々の注文した食べ物は、注文してから1時間してやっと出て来た。。。が、未だその団体さんは現れず・・・ エチオピアンタイムかな。

その生き残った4つのうちのひとつであるこの教会を兵隊が占拠したものの、この門の最上階の部分にミツバチが巣を作っていて、兵士を攻撃した為に、兵隊はこの教会から立ち去ったお蔭で、綺麗に残った。
このゲートはライオンを象っているのだそう。

1682年に、イヤス王によって建立された。
この教会は円形ではなく長方形。
ノアの箱舟をイメージして造られたもので、男性は西の正面入口から、女性は南の右側入口から入るが、中では一緒になれる。
屋根の上の十字架は、ゴンダールの十字架と言われる形で、ここにも同様にダチョウの卵が使われているが、7個の卵は一週間を現している。

天井には、所狭しと天使達が描かれ、
十字架の上には三位一体が。
十字架の上には三位一体が。
我々が居る場所は3番目の場所で、この十字架の奥の部屋は聖職者とその家族の2番目の部屋、さらにその奥には聖職者だけが入れる1番目の部屋がある。

これらを描いたのは、アバ・ハイル・
マスカル・ウイルドーと言う僧侶。

横の壁にもずらーっとキリスト教のエピソードが描かれている。

最後の晩餐なども。
正面から顔が描かれている人は善人、横顔は悪人とされていて、ユダだけが横向きとなっている。

その時に、鳴り物系が使われる。
シストラムと言われる鈴のような?チベット仏教のマニグルマのような?楽器は、金属片が2つと3つ通されていて、それを左右前後に振ることで音を出す。3つの意味は三位一体と聞いたが、2つの意味は説明してもらったが失念。。。

動物の皮で作られた太鼓も叩かれるのだが、太鼓のたたく部分の小さい方が旧約聖書を、大きな方が新約聖書を現し、空洞の中は復活を意味する。
まわりの赤い色はキリストの流した血の色を、周りに張ってある紐は、キリストの体に付けられた傷を象徴しているのだそう。

プライムスティックと言われる棒。
いかんせん2~2時間半も続くミサなので、
ずっと立っているのは大変。
このスティックを脇などにはさんで
寄りかかれるようになっている。
いかんせん2~2時間半も続くミサなので、
ずっと立っているのは大変。
このスティックを脇などにはさんで
寄りかかれるようになっている。
「エチオピアのモナリザ」 と言われている聖母マリア像。



どちらの角度から見ても、聖母マリアがこちらを見ているように見えるとのこと。どうかな?
敷地内は樹が多いので、野鳥がいた。

アカハラガケヒタキ Cliff Chat
Myrmecocichla cinnamomeiventris
Myrmecocichla cinnamomeiventris


オリーブツグミ Olive Thrush
Turdus olivaceus
ミミヒダハゲワシ Lappet-faced Vulture
Torgos tracheliotus
Torgos tracheliotus
ファシリデス王のプール

住居からは2キロ離れているが、アハ川からは200メートルに位置するプールで、レクリエーション目的と、1月19日に3日間祝われるティムカットと言うお祭りの時には水が貯められ、大勢がここで洗礼を受ける。

約30万人が来ると言われるそのお祭りの時には聖職者の言葉の後、一般人も、若い男女を問わず一斉にこのプールに跳び込む。
年配者は、聖なる水として、プールの水を持ち帰る。

ティムカット祭の時の為の観覧席まである。

王様が居た時代には、この壁の見晴らし台の中で
熱心な年配の信者達は寝泊まりして、聖書を読んでいた。
この大きなイチジクの樹の下では、伝統的な裁判も
行われていた。
クスカム教会 Qusquam church

内部は破壊されていて、20世紀になってハイレ・セラシエ1世の時代に修復が行われた。

外は、壁で仕切られていて、
ミサが行われる時には、右側が男性
左側が女性の場所となる。



併設されているミニ博物館には、女王、息子、孫の遺骨があった。
昔は手厚く別々に埋葬されていたのだろうが、今はこのガラスの棺?に合せて入れられている。

古代語であるグーズ語で書かれた聖書

こちらにも、ハゲワシが。
ズキンハゲワシ Hooded Vulture
Necrosyrtes monachus
教会の敷地内は樹が切り倒されないので
鳥達にとっては楽園となっている。
ズキンハゲワシ Hooded Vulture
Necrosyrtes monachus
教会の敷地内は樹が切り倒されないので
鳥達にとっては楽園となっている。

この小屋には、修行中の聖職者の卵達が寝泊まりして5年間修行をしている。


ホテルに戻る道すがら、大勢の人達が歩いていた。サッカーの試合観戦を終えて帰って行く人達とのこと。

ゴンダールのホテルには、驚いたことにジャグジーが!
やったーと大喜びだったのだが、実際には2泊目は
見事に停電でお湯どころか水にも窮する始末・・・
やったーと大喜びだったのだが、実際には2泊目は
見事に停電でお湯どころか水にも窮する始末・・・

ダッシェンと言うビール。
セント・ジョージも美味しいが
こちらもいける。


ティラピアではないお魚のムニエル。
川魚だろうが、お味としては、まるで鯵か何かのよう。
ポテトは、2度揚げでもしたのか、一旦干したジャガイモを揚げているのか、まるでジャガリコのような不思議な食感。


インジェラを。
ホテルで夕飯を食べたのだが、我々の行った時点では誰もお客さんがいないものの、30名ぐらいの団体さんの準備に追われ、我々の注文した食べ物は、注文してから1時間してやっと出て来た。。。が、未だその団体さんは現れず・・・ エチオピアンタイムかな。
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