森美術館でやっている「塩田千春展」に行ってみた。
塩田さんの作品は、2010年のあいちトリエンナーレで見て以来。その様子は こちら
「どこへ向かって」 2019
65隻のボートが 11メートルの高さから吊られている。

「手の中に」 2017
造形物が子供の両掌に守られている。展覧会の副題である「ふるえる魂」を持っているのかも?
「不確かな旅」 2016
6艘の小舟に、赤い毛糸が280kmも使われている。10人が10日間かけて作業した。撤去時は切るだけとのこと。関係性のもつれや繋がり、毛細血管などを想起させる。空間に絵を描くイメージ。

学生時代から今までの作品が、順を追って展示されている。12歳の時にアーティストになろうと思ったのだそう。
左:油絵 「無題」 1992
京都精華大学美術学部で洋画を専攻。大学一年の時点で、油絵を描いてももうワクワクしなくなり、油絵を辞めてしまったのだそう。これは彼女の最後の油絵。
右:「絵になること」 1994
オーストラリアのキャンベラに交換留学した頃の作品。自分が絵画の一部になる夢を見たので、エナメル絵の具を頭からかぶるパフォーマンスをする。毛穴もふさがり、痛かったとか。絵が描けないことの葛藤から解放された。

オーストラリアを後にし、ドイツ・ベルリンで、過激なパフォーマンスで知られるマリーナ・アブラモヴィッチに指示。ベルリンの壁が崩壊して8年後の1997年頃。その翌年に、我々もベルリンに旅行に行っているのだが、確かに廃墟や空爆を受けたかのような建物があちこちに未だあったことを記憶している。
「私の死はまだ見たことがない」1997 /
「コングレゲイション」1997
ハンブルグ造形美術大学での展示の為、牛の顎骨を食肉処理場で集め、彼女ひとりで180個ほどの骨を電車で少しずつ運び、毎日それらの肉をはがす作業を一カ月半ほど続けた。「私の死はまだ見たことはない」は、骨の中心に生の象徴としての卵を置いた。「コングレゲイション」では、地面に穴を掘り、死を象徴する牛の顎骨が生を求めて水を飲むように円環状に配し、自分自身がその中心に入ると言うパフォーマンスを行った。
「集積」 1994
黒い毛糸の線で幾何学的に編み、接続点にはドングリが使用されて、繋げていった作品。自然の秩序と体内の秩序の相似性を作品化したインスタレーションとのこと。
「トライ・アンド・ゴー・ホーム 」1997 (画像はなし)
大学のゼミでの試みとして、4日間絶食をした後に何が頭に浮かぶか? 24歳の彼女はその時初めて発した言葉が「ジャパン」だったとのこと。全裸で崖のようなくぼみに入るなどのビデオ。
「バスルーム」 1999
自宅のバスタブで泥を頭からかぶりながら、「洗っても拭いきれない皮膚からの記憶」を表現。ドイツに住み始めて3年目。彼女自身のアイデンティティの象徴と言える「皮膚」を強く意識するようになったのだそう。私は1999年に、今ほどアジア人が多くないオランダに住んでいたので、彼女の主張が少しだがわかるような気がした。
「皮膚からの記憶」 2001
彼女自身が縫った長さ7メートルもの泥まみれのドレスに、上から吊るしたシャワーで水をかけるが、いくら洗い流そうとしても、洗い流せない。ドレスは第二の皮膚として、存在と不在、内と外のテーマ。
「ウォール」 2010
自分の「血」が規定する壁に関心を持ち、「血」が連想させる家族・民族・国家・宗教などの境界線を壁に喩え、「その壁を越えることの出来ない人間の存在」を表現。全裸の女性に巻き付けられたチューブの中の赤い液体が動いていき、血管が身体とからみあっている印象。彼女自身の病気(乳癌)、妊娠、流産、出産と言う経験がバックグラウンドとなっている。
タイトル失念・・・ 小石などではなく、中央の足のようなミニチュアが何ともシュール。
「小さな記憶をつなげて」 2019
今回の展覧会の為の作品。ドールハウスに置くようなものの一部を赤い糸でつないでいる。物の記憶や気配が赤い糸でつながる。
彼女は、もともと卵巣癌をわずらっていたが、克服し出産。しかし、2年前に森美術館がこの展覧会を彼女にオファーをした翌日に卵巣癌の再発が発覚。治療は成功したが、日常の小さな幸せを実感するようになったとか。
53階から見る東京の景色とあいまって面白いのだが、夜景はガラスが反射してしまい・・・

「外在化された身体」2019
牛革とブロンズで構成されている。2017年の癌再発と闘病以降、彼女の作品に身体のパーツが使われるように。その背景には、治療のプロセスでベルトコンベアーに乗せられるように、身体の部位が摘出され、抗がん剤治療を受けるなか、魂が置き去りにされていると感じた経験から。ちょっと猟奇的なイメージを感じたのは私だけだろうか。
「存在の状態」 2018
「静けさの中で」 2002 / 2019
9歳の時に隣家が火事になり、燃えたピアノが翌日外に置いてあるのを見たのだそう。音が充満している様子を黒い糸が表現。死を意識している。

「時空の反射」 2018
身体を覆う皮膚のように、ドレスは自身の内部と外部の境界を象徴。鉄枠に囲まれた空間を半分に仕切る鏡の両側にドレスが吊られていることで、虚像として鏡に映るドレスと反対側の空間に実際に在るドレスが混在する。
「内と外」 2009 / 2019
旧東ベルリンの工事現場から集めた窓。2000枚のうちの230枚を今回使用。壁や窓やドアは、第三の皮膚と考えている。

「集積 目的地を求めて」 2014 / 2019
蚤の市で買ったトランクの中に第二次世界大戦中の新聞を見つけ、もう持ち主はいないがトランクに人を感じたことがきっかけの作品。コマなどの付いていない古い430個のトランクのうち約50個にモーターが入っており、それらが動いて他のトランクもぶつかって揺れるしくみとなっている。


撮影は不可だったが、舞台芸術も担当。ワグナーのあの長い長い長編オペラであるリングシリーズを手がけたとは、ビックリ。
赤い糸は人との繋がり、黒は宇宙をイメージしているそうだが、25年間で300以上の展覧会に出品し、この展覧会は308回目 。
展覧会入り口の頭上にあった船で辿り着いて、最後はまた旅に出る、と言う流れの展覧会の構成も面白かった。



















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