国宝の鳥獣戯画展は、もともと昨年7月14日~8月30日の公開予定だったがコロナで延期となり、今年の4月13日~5月30日となったものの、わずか12日間だけの公開で、再び4月25日から5月31日まで緊急事態宣言発令で閉館。かろうじて今回の再々延長の宣言下では美術館や博物館は開館出来ることとなり、6月1日~20日までだけ再開館することとなった。
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鳥獣戯画は、全4巻で甲乙丙丁となっており、おそらくその順番通りに作られたと考えられている。全部で44メートルに及び、一挙展示は初めてで、4巻以外で海外から借りているもの3点も欠けることなく揃ったとのこと。
平安時代の終わり~鎌倉時代のはじめに何人かの絵師が描き次いで行った。高山寺に伝わった絵巻だが、高山寺の記録に登場するのは室町時代からなので、描かれてから数百年間の所在は不明。国宝の中では、一番謎が多いのだそう。
今回の為に、甲巻の前だけだが、観賞の為に動く歩道まで造られた。

甲巻 平安時代12世紀。画像はクリックすると拡大します。(画像や解説は wikipedia、東京国立博物館HP などより)
継ぎ目は、紙の色が変わっている。前半と後半の違いとして、紙の質、筆致に​違いがあり、後半の方が人間的で、描き手が異なっているが、前半が先か後半が先かも不明。

谷川で水浴する兎と猿、鼻をつまんで水に飛び込もうとする兎、柄杓をもつ兎、猿の背中をさするもう1匹の猿、鹿に馬乗りする兎と、後から水を引っかける猿。
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草木の描写に続いて、兎組と蛙組の賭射/賭弓競技。蓮の葉製の的、狐火を点す狐、篠竹の弓を引き絞る兎、出番を待ち弓矢の具合を調べる兎と蛙の選手たち。右側に結果を示す弓の的、左側に射手が配されると言う構図は、巻物は右から見て行くのに対しての逆行性の構図。
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賭射/賭弓競技後の宴会用の酒肴を運ぶ。長唐櫃をかつぐ2匹の兎、重い酒甕を大儀そうにかつぐ蛙と兎。賭弓競技に遅刻し、あわてて試合場に駆け付ける兎。
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猿僧正に引出物の鹿を渡す兎/猪の手綱を引く蛙と世話をする兎(この場面は前の場面とつながりがなく、本来は甲巻最後の猿僧正への贈り物の後に続く場面)。
走って逃げる猿の犯人と、それを追跡する兎・蛙の検非違使/仰向けにひっくり返った蛙(喧嘩の被害者か)と心配して声をかける兎・蛙、「何ごとか」と振り向く狐の一家。これも逆行性の構図となっていて、猿を追いかけている蛙は、左から右に移動している。逆行性が頻発する巻物は珍しい。
びんざさらを手に舞う蛙の田楽法師、それを見物する烏帽子姿の老蛙と猫。兎の背後から猫の様子をうかがう2匹の鼠もいる。猫は甲巻ではこの一度だけ、後の丙巻にも一度だけ登場している。
左端の雉(裾から尾羽が出ているのでそれと分かる)の姫君とその従者たちの絵は本来この場面にあったものではない。
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兎と蛙の相撲。声援する兎、兎の耳にかぶりつき足技をかける蛙、兎を投げ飛ばして気を吐く蛙、投げ飛ばされ、仰向けにひっくり返る兎、それを見て笑い転げる蛙たち。鳥獣人物戯画で最もよく知られる場面のひとつ。異時同図の手法が用いられている。相撲のシーンでは、右側に組み合った2匹、その左側に同じ2匹のうちの蛙が兎を投げ飛ばしている。異時同図は、平安時代の絵巻物の特徴。 
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双六盤と袋(中味は碁石か)を運ぶ2匹の猿(模本によれば、この後に囲碁の場面があった)。
法要の場面、袈裟を着て読経する猿僧正と本尊に扮した蛙、猿僧正の背後には狐と兎の僧、かたわらには扇で顔を隠す狐夫人(故人の縁者か)と涙をぬぐう猿。  法要を終えて一息つく猿僧正、猿僧正への僧供(御礼の品)を運ぶ兎・蛙。
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乙巻 平安時代12世紀
甲巻とは異なり、動物がそのままの姿で描かれ、前半は馬と牛で擬人化はされていない。
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後半には異国の動物・霊獣が描かれている。しかし、牛の隣に鷹、鶏の横に犬だったり、並び方が謎。また、乙巻の動物は甲巻には出て来ておらず、一切重複していない。
・犀(玄武)、背中は亀の甲羅。空想か異国の動物かは当時の日本の人はわかっていなかったかも。
・麒麟 左の頭には剣が乗っているオス、右の頭に花のようなものが乗っているメス
乙巻
・豹の敷物として日本に入っていたので豹柄はわかっていた。ただ生きた物としては知らなかったので、敷物から写している。
・山羊は日本にはおらず、聖徳太子の頃に異国から献上されたぐらい珍しい動物。
・虎はファミリー。子供の虎は見本がなく、身近な生き物から描いたので犬っぽい。十二神将の一人、寅神の乗り物で、仏画から引用して描かれた為に胴長に。
・獅子の右は「あ」、左は「うん」の唐獅子だが、咆哮する獅子と背中を掻く獅子でもある。
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・龍 むら雲をよんでいる様子
・白象 普賢菩薩の乗り物として仏画に登場している。
・獏 

丙巻 平安~鎌倉 12~13世紀
前半は人間、後半は動物戯画。人物戯画は2009年から解体修理をして、人物と動物の戯画は紙の裏表に描かれていて、江戸時代初め頃にそれをスライス(相剥ぎ)して巻物にしたことがわかった。
濃い線と薄い線があり、二重になっている。もともと薄い線で描いていたが、後に見えなくなっていたので描き起こしている。以前は鎌倉時代に描かれていたとされていたが、描き起こしがあることから、オリジナルは鎌倉時代より前に描かれた可能性。
・賭け双六をしており、身ぐるみ剥がれている。はいはいしている赤ちゃんの居る奥さんは泣いている。
・将棋と耳引きの場面。丙巻人物戯画にはこうした勝負事が多く描かれている。
丙巻

・首引き 高齢な尼さんと若い僧の戦いだが、尼さんが若い僧の足の裏をくすぐっている。
丙巻

・目比べ(にらめっこ)と腰引き
丙巻 目比べ(にらめっこ)と腰引き

・後半の動物では、鹿の上に猿が乗ってレースをする。蛙が馬の蹄の蹄鉄をチェックしている場面も。
・山車に見立てた荷車が描かれている。
丙巻 山車に見立てた荷車が描かれている
・最後に蛇が出て来て皆が慌てるのが面白かった。

丁巻 鎌倉時代 13世紀
人物画のみ。今までと異なる繊細ではないタッチ。墨の太細をコントロールしつつ、早いスピードで描いている。
・蛙のふりをした者に験比べをする僧侶たち。
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・法会をする人々の構図が甲巻とほぼ同じなので、甲巻を見た人が描いている。
・甲巻ではお経をあげている対象が仏像の代わりに蛙なのに対し、丁巻では簡素な掛け軸の絵なっていたり、甲巻ではお経をあげている狐が、丁巻ではお経で鼻をかんでいたりと、甲巻でパロディにしていたものを、丁巻でパロディのパロディを行っている。
・大木を運ぶ木遣りの騒動に振り返る人の場面。人の似顔絵を描く似絵(にせえ)が鎌倉時代に流行っていたので、ただ下手に描いている絵師ではないことがわかる。
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・馬上から的を射る流鏑馬(やぶさめ)。的確な筆さばきでスピード感を表現。
丁巻 

断簡と模本
断簡は、国宝「鳥獣戯画」の一部が本体から切り離され、掛け軸などに仕立て直されたもの。模本には、国宝「鳥獣戯画」の本物では今は失われている場面も写されている。

重要文化財 鳥獣戯画断簡(東博本)平安時代12世紀 
鳥獣戯画甲巻から分かれた断簡。左手に見える黒点は甲巻の第16紙、風にそよぐ萩の花とつながり(上記の5枚目の画像右の萩)、もとはここから分かれた場面であることが分かる。各巻に押される「高山寺」印がないことなどから、江戸時代初めには既に甲巻を離れていたとみられる。
ツバの長い帽子や下駄を身につけ扇を操る蛙、木の葉の帽子や太刀に見立てた枝を身につける狐、頭、肩口、腰回りに木の葉を身につける猿、烏帽子を被る猿、その猿の上を被う傘がわりの大きな葉を持つ蛙が描かれている。
重文 鳥獣戯画断簡(東博本)①

鳥獣戯画断簡(MIHO MUSEUM本)平安時代12世紀 滋賀・MIHO MUSEUM蔵
兎と猿の競馬(くらべうま)とそれを見物する動物たちを描く、同一グループの作例が三点確認されている甲巻系の断簡。甲巻前半と紙質や筆致が近く、特に秋草の表現は非常によく似ており、同一筆者によって描かれた可能性がある。
鳥獣戯画断簡(MIHO MUSEUM本)②

丁巻から流出した断簡、相撲をとる男性たちと、それを見物する武士。滋賀・MIHO MUSEUM蔵
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鳥獣戯画模本 住吉家旧蔵本 巻第5 安土桃山時代慶長3年1588 梅澤記念館蔵
鳥獣戯画模本

鳥獣戯画模本 長尾家旧蔵本 室町時代15~16世紀 アメリカホノルル美術館蔵 
甲巻から失われている高飛びの場面。模本は、猿の顔を赤く塗っている。
鳥獣戯画模本 長尾家旧蔵本

明恵上人(みょうえしょうにん)坐像 重要文化財 鎌倉時代 13世紀
高山寺の開山堂に安置されているもので、28年ぶりに公開された秘仏。60歳で死去、50代半ばの頃の様子を彫った等身の木像。肉身や衣の彩色が今なお鮮明に残っている。
1173年、紀州(和歌山)で生まれ、後鳥羽上皇から高山寺の地を与えられ華厳宗の道場にしようと再興した人。高山寺は学問寺として巻物や本や絵などを保管しており、書物・巻物が数多く集積していた。
修行の一環で、24歳頃に右耳を母と慕う「仏眼仏母像」(高山寺にある)の前で切り落とした人で、右耳の上の部分が切った後が彫られている。CTスキャンで調べたところ、巻物らしきものが発見されたが、解体修理などの時でないとダメなので、未だ開けて確認できていない。
とても保存状態が良く、色がはっきり残っていて13世紀の像とは思えないぐらいだった。
重文 明恵上人坐像

重要文化財 子犬 木製 鎌倉時代13世紀 
明恵上人が、運慶の子供である湛慶に彫らせた。愛玩しており表面がツルツル。宗教的な意味合いのない像は非常に珍しい。足の裏には、ちゃんと肉球が彫ってある。会場のボードにある肉球のうち、最後の2つはこの彫刻の肉球の画像が貼られている。
重文 子犬

重要文化財「夢記」明恵筆 鎌倉時代 承久2年
19歳頃から晩年までの約35年分の夢日記を残していた。夢=お釈迦様からのメッセージと捉えていた。
毘盧遮那如来の絵も。弟子達に焼き捨てるように指示したが、焼かずに貴重な資料として残したので、本来は残るはずのないものが高山寺に残ることになった。

明恵上人は、釈迦が生まれた天竺インドへのあこがれを生涯持ち続け、渡航を2度試みたが断念。タツノオトシゴはインドへの憧れを思わせる、明恵上人の所持品と言われている。
タツノオトシゴ

国宝 華厳宗祖師絵伝 鎌倉時代13世紀 
新羅国(古代朝鮮半島の国)の華厳宗の祖、義湘と元暁を主人公とする絵巻。修行のため唐に渡る義湘と、彼を慕う善妙という女性の物語を描く義湘絵。龍宮から取り寄せた経典により王妃の病を治した元暁の物語を描く元暁絵。女性の救済など明恵上人の事跡とも重なるテーマを、異国の高僧のストーリーを借りて描いた長編ドラマ。
元暁絵龍宮にある特別な経典を、王の使いが脛を割って中に入れ持ち帰る場面。
国宝 

鳥獣戯画によるコロナ感染対策のお知らせはなかなか面白かったが、甲巻の動く歩道でも、動く歩道のない陳列の場所でも、列に並んだ人は展示をすぐそばで見ることが出来るもののソーシャルディスタンスは全くない。並ばない人は、並んで展示の前で見ている人の後ろから見るようになっているのだが(動く歩道以外)、並んで見ている人の真後ろにピタッと立たれるので、声を出していなくても、非常に密で心配になってしまった。。。
おまけ

スピンオフ展示として、本館や東洋館でも展示があった。その様子は


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